来 歴

霧

昼と夜の間
そのごく僅かなすきまを縫つて
不意にはいりこむあいつ
優しく方を抱きに行くようなふりをして
その実胸にかくれた人の秘密などを盗んだりする


たいてい闇にまみれて歩いている
彼自身の荷物といつて何ひとつ持たず
強そうでも弱そうでもない姿は
昨日も今日も見かけたが
その足音をきいた者はない


行きかうたびに
誰にも身をすり寄せて挨拶する
呼びとめようと思うと
すばやく次の横丁にはいつてしまつて
外見だけがばかに親しげな男だ

退屈するといつまでもすわつている
または低い家の軒などをえらんで
夜が明けきるまで
ひつそりと立つていたりする
彼の背中には嘘のにおいがたちこめている

ほんとうの彼は誰なのだろうか
寂しい眼つきでもの欲しげにまたたきとおし
名声や花たばとは一生縁がない
群集の中の無名の一人
どうかすると場外へはみ出している見物人


いつも向こう側の世界からやつて来て
きまつてもと来た道を山の方へ帰つて行く
知らない人からは偽善者と呼ばれるあいつ
ゆうべは深い霧だつたと思う明日はもう
どんな存在の跡形もきれいに消え失せている

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